頑是ない歌
『思えば遠く来たもんだ』
これは、中原中也の頑是ない歌の冒頭句である。
この出だし、あまりにも有名すぎて、誰でも一度は聞いたことがあると思う。
例え、これが頑是ない歌の一部分だと知らずとも、中原中也という名を知らずとも、この出だしは聞いたことがあるのではないだろうか。
頑是ない歌
中原中也
思へば遠く来たもんだ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気は今いづこ
雲の間に月はゐて
それな汽笛を耳にすると
竦然として身をすくめ
月はその時空にゐた
それから何年経つたことか
汽笛の湯気を茫然と
眼で追ひかなしくなつてゐた
あの頃の俺はいまいづこ
今では女房子供持ち
思へば遠く来たもんだ
此の先まだまだ何時までか
生きてゆくのであらうけど
生きてゆくのであらうけど
遠く経て来た日や夜の
あんまりこんなにこひしゆては
なんだか自信が持てないよ
さりとて生きてゆく限り
結局我ン張る僕の性質
と思へばなんだか我ながら
いたはしいよなものですよ
考へてみればそれはまあ
結局我ン張るのだとして
昔恋しい時もあり そして
どうにかやつてはゆくのでせう
考へてみれば簡単だ
畢竟意志の問題だ
なんとかやるより仕方もない
やりさへすればよいのだと
思ふけれどもそれもそれ
十二の冬のあの夕べ
港の空に鳴り響いた
汽笛の湯気や今いづこ
昔は意味が分からなかったが、今は何となく理解できる気がする。
ハルがこの詩に共感してしまうのは、王道だろうか。・・・王道だろうな。
でも、この詩は、中原中也の晩年の作品のはずだ。そして、中原中也は30歳で亡くなってしまっている。
似たような年齢であるハルが共感してもおかしくないだろう。
でもハルは、北の海も結構好きだのだ。
つまり、ハルは、中原中也の初期の作品より、晩年の作品の方が好きなのだろう。
ただ今のハルは、そんな気分なのだというだけのこと。
北の海
中原中也
海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。
曇つた北海の空の下、
浪はところどころ歯をむいて、
空を呪つてゐるのです。
いつはてるとも知れない呪。
海にゐるのは、
あれは人魚ではないのです。
海にゐるのは、
あれは、浪ばかり。
何故、今、中原中也に惹かれているのだろうね。

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